もうすぐオーブに着く。 もう二度とその地を踏むことがないと思っていた土地に。
そして、あの人の居場所に。
「くそっ」 ガンッと壁を殴りつける。 そうでもしなければ、心のもやもやが収まってくれないと思ったから。 だが、そうしたからといって収まるものでもなく、胸の中のもやもやは広がるばかりだ。 「ア・・・・」
「アスランさん・・・・っ」
「アスラン、どうした?」 いきなり立ち止まったアスランにカガリが不信気に立ち止まる。 「いや、今・・・」
シンに、呼ばれたような気がして・・・。
「アスラン、やっぱり疲れてるんじゃないか?ザクに乗って地球へ単独降下したんだし」 「あ、うん。そんなことはないけど」 「あと数時間でオーブに着くんだ。それまできちんと休んでいた方がよくないか?」 「そう・・だな。それじゃしばらく部屋で休むことにするよ」 「私も部屋にいる。何かあったら」 「わかってる」 アスランはそのままカガリを部屋まで送っていった。 あと数時間でオーブにたどりつくのだ。 「さて、と」 アスランは身を翻すと、自分の部屋がある方向とは別の廊下へと歩いていった。 「さて、どこにいるのかな」 あの調子のシンが大人しく部屋にいるとも考えられないし。 どこか一人になれる場所・・・。 「そうだ、あそこか」 シンに居場所を思い立ったアスランはその場へと歩きだした。
シンはコアスプレンダーのコックピットで膝を抱えてうつむいていた。
どうしても一人になりたくて。 気持ちの整理をつけたくて。
コンコン。 ふと横から叩くような音が聞こえた。 ゆっくりと顔をあげて、目の前にある物に息を呑んだ。 「アスラン・・・さん・・・」 「よかった。やっぱりここにいたね、シン」 アスランはにっこりと微笑んで外側から操作しコクピットを開けた。 「どうして・・・」 「ちょっと用があってね。部屋まで来てくれるか?」 「・・・・・わかりました」
「入って」 部屋に入ったはいいものの、シンは入り口のところから動こうとはしなかった。 「シン、こっちおいで」 アスランが手を差し伸べても、シンは首を振るばかりでその場から動こうとはしなかった。 ふっとため息をつくと、アスランはシンの手を取って部屋の奥へと導いた。 「・・でくださいよ・・・」 「え?」 「優しくなんてしないでくれよ!あんたはすぐにここからいなくなるのに、どうしてそんな風に優しいんだよ!俺は・・・一体、どうすればいいんだよ・・・」 「シン・・・」 「何で・・・、何で俺の前に現れたんだあんたは!あんたが居なければ、俺は俺でいられた、強くいられたんだ!あんたがいなければ、俺は・・・・・」 「・・・・・・・・」
「一人になることを、こんなに恐れなかったのに・・・」
一筋、二筋、シンの頬を涙が伝った。 それを指先で拭うと、アスランは自分の胸にシンを抱きしめた。 ゆっくりと、シンの腕がアスランの背中を掴む。 「シン、好きだよ・・・・」 「・・・っ」 「シンだけだ。誰よりも、シンが愛しい」
どうして、こんなに優しい言葉をくれるんだろう。 この人の言葉、ぬくもりが心に染み渡る。 だから、この人と離れるのがこんなにもつらい。 オーブに到着すると聞いて、この人が目の前から居なくなることを意識して初めて怖かった。 これはそう、マユや父さん、母さんを目の前で失った恐怖と似ている。 目の前から大切な人たちが消えた時の恐怖。 アスランがオーブに戻れば、もう二度と自分達は会うことがないだろう。 方やオーブ元首のボディーガード、方やザフトの軍人。 もう二度と、会えない。
「アスラン、さん・・・」 「ん?」 「アス・・・ラ・・・」 何度呼んでも呼び足りない。 名前を呼ぶたびに、それに答えるように背中を抱き、髪をゆっくりと梳いてくれた。
「大丈夫だから」 「シン?」 黙ったまましがみついていたシンがいきなりそうつぶやいた。 不思議そうなアスランに向かって、シンは顔を上げてこういった。 「俺、大丈夫だから。あんたがいなくても、大丈夫・・。こうして、ぬくもりを十分もらったから」 だから大丈夫だと。 アスランのぬくもりをしっかりと体に教え込んだから、大丈夫だと。
たとえ、
アスランがシンの目の前からいなくなっても大丈夫だと。
そうかれは言うのだ。 アスランはそれを否定したかったけれど、もうすぐシンと離れなければならないのは事実。 自分の気持ちを信じてくれと言ったのはアスラン自身。 なのに今アスランはシンに不安を与えている。 近くにいるのに、どうしようもないもどかしさ。
「ごめんな」 「謝らないでくださいよ。俺、大丈夫ですから。あんたの言葉、嬉しかったから」 こんな自分を好きだと言ってくれて。 愛してると抱きしめてくれて。 二度と触れることはないと思っていたぬくもりを、ほんの一瞬だけだけれど手に入れることができたから。
だから、このぬくもりを忘れない限り。
幸せだと思えるから。
『必ず、また会いにくるから』 そういい残して、彼はあるべき場所へと戻っていった。 おそらくはもう二度と会うことはない人。 会いたくても、会うことは適わない人。 でも大丈夫。 あなたのぬくもりだけは、いつも側にいてくれるから。 |
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