部屋に戻ってきたシンはキラの体をゆっくりとベッドに横たえた。 ここまで移動するのはたいした距離ではなかったはずなのだが、いつの間にかキラはシンの腕の中で眠ってしまっていた。 健やかな寝息を立てて眠るキラは先程まであんなに怯えていた表情とはまったく違って見えて。
まるで、さっきのは何かの幻だったのではないかと思ってしまう。
とりあえずベッドに寝かせればいいかと思って体を離そうとしたが、キラの腕がしっかりとシンの軍服を握っていてどうしても離れない。 しかたなく赤服を脱いでその場を離れた。
起きたら何か飲むかもしれないとその場を離れたのはたった3分程度。
戻ったシンが見たのはガタガタと震えるキラの姿。 眠ったはずだったその瞳は見開かれ、キラは胸にぎゅっとシンの脱いだ軍服を握り締めていた。 「キラ!?」 近づいてみてわかるのは目がうつろでまるで何も映していないこと。 そして尚悪いのは呼吸が一定でなく、まるで激しい運動の後のように荒い。 慌てたシンはどうしようか考えた後、先程抱きしめたときにキラが落ち着いてくれたことを思い出した。 とっさにだったが、シンは震えるキラの体を精一杯きつく、だが優しく抱きしめた。 だが、キラは相手がシンだと気付かないのか、激しい抵抗を見せる。 「キラ、俺だ・・シンだよ。俺以外誰も居ないから・・、キラを傷つけさせないから」 「・・・・・・シン?」 「うん、わかる?」 「うん」 震える手がシンの背中に回る。 少しでも落ち着いてくれるようにと、キラの髪を梳き、背中をさする。
シンはかつてキラがしてくれたように自分の膝にキラの頭を乗せ、その髪を梳いていた。 キラは眠っているのかいないのかわからないが、その両手でしっかりとシンの片手を握っている。 ようやく震えが収まったキラだったが、シンは今度は離れようとはしない。
ただ、あのときのキラと同じ。 側に居て、そのぬくもりを与えることだけを考えた。
どれぐらいそうしていただろうか。 しばらくキラの様子を眺めていたシンだったが、そのまま見続けるのも変な気がして、なんとなく昨日作っておいた書類に再度目を通した。 本当はキラに見てもらってからイザークに提出に行くつもりだったのだが、もう一度自分でチェックを入れても損はないだろう。
ふと、シンは何気に視線を感じていまだに眠ったものと思っていたキラを見た。 すると、キラの目はうっすらと開かれており、シンの顔をじっと見つめていた。 「あ、ごめん。起こした?」 「ううん、起きただけ・・。でも、起きたくなくて・・。もうしばらく、こうしててもいい?」 「もちろん」 シンはサイドテーブルに書類を戻すと、膝に乗せたキラの髪をそっと梳いた。 その感触が気持ちいいのか、キラはゆっくりと目を閉じて息を吐く。
「何も聞かないんだね」
ふと、本当に小さい声で、思わず聞き逃してしまいそうな声でキラはつぶやいた。 「キラが聞いてほしいなら聞くよ。でも、無理してまで話してほしいとは思わない。キラが話していいかな?って思ったら話してよ」 無理矢理聞き出そうとしないシンの優しさが、キラには嬉しかった。 でも、だからこそシンには聞いてほしいと思った。いや、話したかった。
キラは体を起こすと、ベッドに腰掛けているシンの隣に座った。 「キラ?」 ベッドに座って何かを言おうと、必死で言葉を探っているらしいキラに、シンは首を捻った。 なんども口を開きかけ、でもそれは言葉にされることなく引っ込んでしまう。 それでもシンはその意志を邪魔することなくじっとキラの言葉を待った。 「僕、僕ね・・・?」 「うん」
「裏切り者のコーディネーターなの」
一瞬、キラが何を言っているのかわからなかった。 裏切りもののコーディネーター?キラが? 仮にも英雄と呼ばれているキラが、どうして裏切り者などと言われなければならないんだろう。
「地球軍にいたの・・・。そこで、言われた。僕は裏切り者のコーディネーターなんだって」 「なんで・・・」 なんで地球軍なんかに・・・。 「元は僕、ヘリオポリスに、オーブにいたの」 「!?」 キラの意外な言葉に、シンは耳を疑った。 キラはもともとプラントの住人だったわけではなく、シンと同じくオーブの人間だったんだ。 「それが、どうして地球軍に入ったりするんだよ」 意識したわけではなく、シンの口調が荒くなる。 それにキラも反応してか、きゅっとシーツを握り締めてうつむいたまま話だした。
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